本研究は、バングラデシュの聖者信仰研究を通して、南アジア世界における多様なイスラーム文化の理解の枠組みを、文化人類学の手法を応用した学際的な観点から明らかにするものである。イスラーム世界に広く見られる聖者信仰は、特に南アジア世界においては、民衆のイスラーム文化を特徴付ける宗教伝統として多様な展開を遂げてきた。特に東部インド地域のベンガル地方では、古い時代からヒンドゥー文化との持続的な文化接触を経ることで、今日のバングラデシュの民衆文化を特色付けている。本研究では、東部インドのベンガル地方に広く見られる聖者信仰の実証的研究に基づくことで、このような複合的で重層的な構造を持つベンガルのイスラーム文化の存立基盤を明らかにするものである。具体的には、バングラデシュ東部のマイズバンダル教団、西部のラロン・フォキル廟、ヒンドゥー出自の聖者モノモホン廟などが、事例として取り上げられた。これらの事例分析によって、南アジア世界に展開する多様な民衆のイスラーム文化への理解が深められるとともに、宗教的ナショナリズム運動が高まりを見せる、現代南アジアの宗教運動の動向の一端を明らかにすることができた。 研究の最終年度には、これらの成果をもとに、国内外の学会・研究会などで報告を行った。具体的には、日本宗教学会(関西大学)では、「ベンガルの聖者信仰におけるヒンドゥー・ムスリム関係-シンクレティズム論再考」と題し報告を行った。これは、3年間の本研究での最終的なまとめとして、従来、ヒンドゥー文化とイスラーム文化の習合現象(シンクレティズム)が強調されてきたベンガルの民衆文化を捉える視点の再検討を行った。結論的には、民衆文化のシンクレティズムの諸相を記述する既存の観点では、反シンクレティズムの運動を十分に捉えきれないという問題が指摘され、シンクレティズム論を捉えなおすための新たな視点が提示された。この報告については、学会誌『宗教研究』に投稿し、2006年6月に刊行の予定である。その他、研究期間中に、多数の学会・研究会での報告を行った。例えば、中国の上海社会科学院の主催による国際アジア研究学会、アメリカのニューヨーク州立大学でのレクチャー、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の共同研究会、インド・ニューデリーの国際インド宗教学会、国立民族学博物館の主催によるシンポジウム・「地域開発の未来」で、それぞれ報告を行った。
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