本年度は、先行研究の収集・検討と、インタビュー調査の計画(募集チラシの作成と聞き取り内容の検討)、ならびに、パイロット調査的な聞き取り調査を2件実施した。まず、先行研究に関しては、日本人を対象としたものと、それ以外のものとに分けられ、かつ、それぞれ一次文献、二次文献に分類した。その結果、日本人を対象にした調査研究はわずかであり、学術研究に限ればほとんど存在しないことが判明した。杉浦郁子・矢島正見「同性愛者のライフスタイル」(2000)は、ゲイ/レズビアンに聞き取り調査を行ったデータから、彼ら/彼女らのライフスタイルについて考察を加えた唯一のものであるが、「ライフスタイル」と銘打っているものの、その実際は同性愛者の性生活についての偏った記述・分析となっている。他方、欧米圏を中心にしたゲイ・レズビアン・スタディーズならびにクイア・スタディーズの文献は膨大な量の蓄積があり、かつ、本研究に特に関連すると思われるもの、すなわち、同性間のパートナーシップ、同性愛者が形成する家族関係に関する文献だけでもかなりの量がある。その中からわかったいくつかの点についてまとめる。1970年代初期に同性愛解放運動が勃興し、2000年代を迎えた今、ドメスティック・パートナー法や同性婚をめぐる議論に見られるように、同性愛者の家族問題は、かつての自らの原家族へのカミング・アウトの問題から、自らが形成する家族の問題へとシフトしている。それは、レズビアン/ゲイ・アイデンティティを持った第一世代が中高年を迎え、長年のパートナーシップを築いてきた者たちや、養子縁組によって子どもを迎えたり、生殖技術を利用して人工授精によって子どもをもうけたりするケースが増えてきたことを反映している。レズビアン女性の持つ独自の特徴としては、欧米でも日本でも同様に指摘できる点として、女性は社会的な抑圧ゆえに自らのセクシュアリティを認識することが容易ではないため、自らのセクシュアリティを自覚することなく、異性愛制度へと入り、法的な結婚をして家族を形した後に、レズビアンであることに気づくケースが多いことである。その背景には、アドリエンヌ・リッチ(1984)が指摘した「強制的異性愛制度」の存在がある。Gillian A.Dunne (1997)は、Lesbian Lifestyles : Women's work and the politics of sexualityにおいて、ヘテロセクシュアリティを社会的制度として捉える視点をさらに発展させ、レズビアンをヘテロセクシュアリティという社会制度の妥当性に疑問を投げかける存在として捉え、聞き取り調査によって、成人レズビアンの家庭生活と賃労働全般の特徴について明らかにしている。ノン・ヘテロセクシュアルである上で重要な要素は経済的な自立と対等なパートナー関係であり、そのことは逆に、ヘテロセクシュアリティが男女の不平等な経済的・社会的関係の上に成り立ち、それらを再生産していることを示唆している。パイロット調査においても経済的自立は必須の要件であったが、家計や家事の分担については必ずしも対等とはいえない事例もあり、今後、女性同性愛者カップルの家計や家事の分担のありかたについて、さらに詳細な調査を行っていくことが課題である。
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