本年度においては、時間論を軸とした道元の思想構造の文献的解明のために不可欠な、『正法眼蔵』本文の注解を、「有時」巻、「現成公案」巻、「大悟」巻、その他の関係諸巻を中心に行った。各自の個人作業として行うと同時に、適宜、研究会を開催し、疑問点の洗い出し、検討なども行った。その結果、道元独自の時間論を理解するにあたっては、以下の点が重要であることが、明らかになった。 ・悟り(果)と修行(因)、全体と部分、世界と自己、師(法灯が継承される系譜も含めて)と弟子などが、対立しつつ通底する構造が、道元の時間観、世界観、人間観の根底にあること。 ・この構造に立脚して、道元の時間論を検討するとき、「有時」と「経歴」という二概念(この概念が、全面的に展開されるのは、道元がその独自の時間論を集中的に論じている「有時」巻である)が重要であること。 ・さらに、「有時」という言葉が、矛盾しつつ相即する構造を、悟りの世界、すなわち、諸存在が相依相即し関係しある全体世界という総体から、個々の修行者へと方向性において、使われる言葉にあるのに対して、「経歴」という言葉が、その反対の方向性、すなわち、個々の修行者が、全体世界へと自らの修行において超出する方向性において使用される言葉であること。 以上の成果をふまえ、次年度以降は道元の時間論の、日本倫理思想史、東アジア仏教史上における意義を解明すると同時に、他の宗教的時間論と比敬することにより、道元のそれの独自性を浮き彫りにしたい。
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