この研究の課題はヘーゲル法哲学に関する新資料の研究をもとにヘーゲルの承認論を再構成し、その現代的意義を明らかにすることであった。具体的にはイェーナ期以後(1807年以後)の法哲学の形成史を中心にヘーゲルの実践哲学を考究することにより、彼の承認論の意義と限界を明らかにした。その準備的な作業として、『法の哲学要綱Grundlinien der Philosophie des Rechts』のみならず、生前には公刊されなかった、ハイデルベルク大学及びベルリン大学における法哲学講義録の解読を行った。そのために、まずこれら7回にわたる講義録の電子テクスト化を行い、資料間の通時的及び共時的な相互参照、相互比較を可能にすることを目指した。 「承認」とは端的にいって「人々が互いに認めあう」ということである。様々な軋轢と紛争の危険に満ちた今日の社会において「承認」の概念史を跡づけ、その原理を究明することの必要性はますます高まっている。承認とは哲学の歴史の中に深く根を下ろした概念である一方で、個と共同・自己と他者・コミュニケーション・情報と個人・社会制度等の中核をなす優れて現代的・社会的な意義を持ちうる。 なかでもヘーゲルの承認概念は今なお実践哲学に影響を及ぼしており、共同体論、他者論、コミュニケーション論、システム論、制度論等などのアクチュアルな議論に寄与しうるものである。リベラリズム-コミュニタリアニズム論争に端的に見られるように、これらの議論が「個人」か「共同体」(「集団」、「社会」、「システム」)かのいずれかの分析に偏ってしまいがちであるのに対して、ヘーゲルは近代社会の体系的な究明に際して、個人「と」共同体との媒介をこそ根本的な課題としていた。この媒介をなすものが承認であり、したがってこの概念を明らかにし、それを軸にヘーゲルの「成熟した」実践哲学の再構成を行った本研究の成果は、現代における承認の問題を解く上で重要な意味を持つと考える。
|