昨年度は、生命倫理と環境倫理の統合可能性について、理論的・実証的の両面から研究を行ったが、それを踏まえて今年度は、理論的・実証的の両面から、生命・環境倫理と情報倫理との統合可能性に関する研究を行った。理論的側面においては、内外の文献・資料を収集し、これまでの倫理学の歴史において蓄積されてきた議論に基づきつつ、特に生命・環境倫理と情報倫理の連関に力点を置くことを考えたが、ほぼその通りの研究ができた。昨年度は、生命倫理と環境倫理を「ケア」概念によって統合する道を探求したが、今年度は、デジタルテクノロジーとバイオテクノロジーの関係から、機械と生命の本質的関係を問い直した。その成果として、生命が一面において「自律」、「自由」、「幸福追求」という本性を有するとともに、他面において「弱さ」、「誤りやすさ」、「劣化」を本質とすること、そこに機械と生命の根本的相違があることを明らかにした。そして、「人間の尊厳」とは、生命の有する二つの本性と密接に連関しており、われわれは、生命の道を選ぶかどこまでも機械とともに歩む道を選ぶかの岐路に立っていることを示した。 本研究の両輪のもう一方は実証的研究であるが、こちらは当初、大学生と高校生で計700〜800名のアンケート調査を計画し、実際には大学生約400名の調査を実施した。今年度は特に、社会心理学で多用されている「尺度」概念を検討し、標準的な質問項目を見出すことに集中した。倫理学概念に特有の多義性や相互連関という問題はあるが、標準化に一歩近づくことができた。 調査に基づく倫理学というこの領域は前人未到のものであるため、今後も試行錯誤を繰り返していかざるを得ないだろう。なお、今年度の研究成果は「デジタルとバイオ-生命・機械・尊厳-」(高橋隆雄編『生命・情報・機械』九州大学出版会2005年所収)という論文に結実した。
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