「出家遁世」という行為は、一般には現世の意義を否定し、極楽に往生することを重視するという側面から理解されることが多い。しかし、実際には、遁世者は、その後、現世を生きていかなければいけないという現実に直面する。これは、死に直面して出家するような消極的なケースよりも、みずから信仰を求める積極的な遁世者により強く該当する。出家遁世をみずからの思想的な行為として受け止めている人間ほど、現世を生きることの一形態として出家遁世を考えなければいけないことになる。 本研究では、出家遁世を生きることの一形態として理解することを目的とした。出家遁世した人間は、世俗の内に住むことはできない。しかし、彼らはまた寺院の中に生きるわけではない。したがって、彼らは寺院外の信仰者、すなわち一般に「ひじり」と呼ばれる修行者たちと重なりあった存在となる。そして、「ひじり」の宗教における浄土信仰と山岳信仰の関係は、相異なる方向にあるように思われながら、具体的には連続している性格をもっている。この点は、現段階では十分に解明されていない。 もう一つは、このような信仰が一つの思想としてどのように表現されることができたかということである。民間信仰は内面的な事実としての信仰ではあるが、それ自体が十分に体系的な思想として表現されているわけではない。しかし、それが思想化されていく場合、そこに含まれるさまざまの要素を体系化するという困難な課題が出現する。その場合、日本の宗教においては、その信仰上のある出来事、神仏の出現や発心の成立を物語的に表現する「縁起」という方法がとられることが多い。 このような追究の過程で、「神道と仏教のあわい」というテーマで公共哲学・京都フォーラムで発表を行い、それを同題の論文として提出した(提出先の事情で未刊)。また、雑誌「日本思想史学」において、『日本中世の歴史意識』(市川浩史著)の書評をおこない、日本仏教の基底的な表現について考察した。また、神田外語大学日本研究所に「遁世の思想の形」を提出したが、これも編集上の都合で未刊である。そこで、これらの内容を実績報告書に記載することで研究の内容を取りまとめて、提出することにする。
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