本年度の研究の中心は、7月から8月にかけて行ったドイツでの高齢者介護関連施設の訪問・調査と日本で行った資料収集である。前者では、ボン、ケルンなどの都市を中心に、そこにある施設を訪問し、インタヴューを行うなどした。そこでの話題は、昨年度の研究において浮上した「高齢者の尊厳を支える介護」とは何か、という問題である。ボンのある施設長が「それは誰でもその全体として受け止める」ことだと話したことが印象的だった。また、ドイツで介護福祉にどのようにボランティアが参加しているかの調査では、日本と状況が変わらないこと、ドイツには教会制度の支えがあること、もう一つの支えである「チヴィルディーンスト」の制度が廃止されること、が分かった。また、ドイツでは、すでに「介護倫理」という分野があり、書籍が刊行されていることも分かった。日本での研究としては、刊行され続ける介護福祉関連の書物を収集し、それを検討するとともに、「人間の尊厳」という点でこの研究課題と密接に関連している論文「カントと環境倫理」を執筆し、それが雑誌に掲載された。近代の人間中心主義の代表的人物と見なされるカントだが、その所説を詳細に検討するなら、彼の立場はけっして人間中心主義ではなく、むしろ理性中心主義、しかも人間の有限性の自覚に裏打ちされた「人間非中心主義としての理性中心主義」である、というのがその論旨である。なお、同論文の執筆に際して、人間の「尊厳を支える」とは何をすることか、を検討しつづけた。そこでは、ある人間が自他の尊厳を支えるとは、自他を自分の中に自分の手段として取り込むのではなく、自他の全体(これは把握不可能である)に配慮することである、という結論を得た。この論点で、本年度のドイツにおける調査と日本における論文執筆の要点が重なり合ったのである。これらの論点を展開して、次年度にはコミュニティケア倫理についてさらに考えたい。
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