本年度の研究は、二つの成果に代表される。一つは、雑誌論文「倫理的強制という問題-環境倫理と『自己自身に対する義務』」であり、もう一つは本科研費研究の報告書である。前者の研究は、「高齢者の尊厳を支える福祉」を一つの例とする「倫理」の言葉の高唱が、それとしての正当性とは別に、他人を外的に「強制」するものとしてのみ語られる場合、そこにはむしろ「倫理の倫理性」の毀損が生じることを指摘し、この問題状況を克服するためには、現代倫理学で忘却されているかに見える「自己自身に対する義務」という観念を回復する必要があることを論じた。この観念は、カントがそれを肯定し、J.S.ミルがそれを否定したことに表れているように論争を呼ぶものであるが、本研究のような「尊厳」を機軸に据える視点をもつ理論的研究にとっては肯定的に継承すべきものである。なぜなら、「自己自身に対する義務」の根幹は自己の「尊厳」を毀損しないことだからである。この研究は「コミュニティケア」の倫理が地域共同体の成員を外的にのみ強制する旧弊なものと堕すことを抑止する視点を提示したという意義をもつであろう。後者の報告書作成では、この四年間に書いた論文を、ひとつの報告書の中で筋の通ったものとして配列し、加筆補正した。本研究を遂行した四年間、さまざまな地方でコミュニティケアの実践が報告されるようになった。他方、介護現場の人手不足を嘆く声も大きくなっている。前者が後者の問題の解決にならない理由は、個人の倫理の側にではなく社会制度の側にある。今後、本研究を発展させるためには、それを社会制度の倫理、客観倫理、社会倫理と言われる諸分野に接続させることが不可欠である。これが本研究の今後の課題である。
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