地方官が築く幕府にある学術情報を使ってなされる事業は、そこに雇われる幕友が報酬を受けることで自らの学術活動の成果を幕主に売り渡す、という形を取るのが通例であった。その部分のみに目を向けると、幕府とは、幕主が幕友の学術活動の成果を買い取って自分のものにする、という一方的な知的搾取が行なわれた場であったと見ることも可能である。 今年度は、清代の幕府が具有していた機能を明確にするため、幕府が果たして幕主による一方的な知的搾取の場であったと性格づけられるか否か、という部分に対する考察を深めた。具体的には、746巻からなる『全上古三代秦漢三國六朝文』を独力で完成させた厳可均(1762〜1843)を取り上げ、嚴氏がこの上古から隋までに著された文章の総集の完成させるために、長期間にわたって滞在していた孫星衍(1753〜1818)幕府にあった学術情報をどの程度、利用したかについて検討を加えた。その結果、嚴氏が幕主の孫氏の豊富な蔵書のみならず、幕主が実施した学術事業から得られた様々な情報を活用することで、編輯作業を効率的に進め、完成にまで導くことができたことが判明した。 以上の考察は、論文「『全上古三代秦漢三國六朝文』の編纂について-清代幕府の學術機能の一端-」において展開されている。考察の結果、清代の幕府が幕友にとっても自身の学術活動を推進するための情報を手に入れることができる場であったことがわかり、当時の幕友が多くの有能な知識人を集めることができた理由の一端が解明された。
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