本研究は儒教思想を専門とする小島毅と道教思想を専門とする横手裕との共同作業として、中国宋代における儒教と道教の交渉関係を、当時のテキストに即しながら調査検討し、これまで研究が相対的におくれていた西暦13世紀の思想状況を解明することを課題としている。その主要検討対象として、南宋末期の西暦13世紀後半に括躍した林希逸という思想家による『老子』注釈を選定した。林希逸は儒教の一派である道学の系譜に属する学者でありながら、彼以前の道学者たちが批判的な態度を示してきた老荘思想にも好意的で、『老子』のみならず『列子』『荘子』にも注釈を施している。 平成15年度は初年度として、参考書や電脳類など研究環境の整備につとめたのち、毎月1〜2回、特にそのための時間を設けて共同で林希逸の『老子口義』を解読する作業に専念した。具体的には、大学院生の協力を得て、原文全文のデータベース化をおこなった。また、あわせてその日本語訳と注釈作成の作業を進め、全体の約7割を終えた。この作業においては、単に林希逸の注解を読み解くだけでなく、彼以前の『老子』注釈書との綿密な比較をおこなうことによって、彼の所説の独自性・特異性が明らかになってきた。さらに静彙レベルでの特徴を分析し、林希逸の道家・道教思想解釈において、儒教の流派である道学の思考様式がどのように作用しているか、検討を加えた。その結果、同じ道学でも師弟関係のうえからは系譜的に直接はつながらない朱子学の発想が、林希逸において見られることが確認された。
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