本年度は上海博物館蔵戦国楚竹書の既発表の諸篇について、その読解および思想の解析を中心に研究を行った。 『上海博物館蔵戦国楚竹書(一)』に収められた『孔子詩論』、『緇衣』、『性情論』および『孔子詩論』と同巻であったと考えられる『子羔』、『魯邦大旱』については、来年度の研究報告書に向けて訳注の長編を作成中であり、また『上海博物館蔵戦国楚竹書(二)』に収められた他の篇についても内外の研究を収集しつつ読解をすすめている。 思想の解析の成果として本年度中に公表したのは論文「言行一致攷-『緇衣』管窺-」である。楚簡本『緇衣』第十五章(今本『礼記』緇衣篇の第七章後半部に相当)は君子に言行一致を求めたものとして知られるが、古注、新注ともに十分な解釈を与えているとは言い難い。古注では前半部と後半部の対応が悪く、古注の後半部にあわせて前半部を解釈した新注では『論語』等の言行一致の思想から『緇衣』が切り離されてしまう。そこで、古注の前半部にあわせて後半部を理解することにより、この章についてより合理的な新たな解釈を示した。この新たな解釈によるとき、「名」に付随する「ふさわしさ」を行為の基準とする思考の存在を、ここに読み取ることができるようになるが、この思考は『緇衣』全体の背後にあるひとつの思考パターンであるといえる。この思考パターンに着目することにより、『緇衣』と『中庸』の古層の部分との共通点をより明確にし、同時に、その『中庸』新本の「誠」の思想との関係を新たにとらえ直したのが本論文である。また、本論文においては、今本と大きく異なり解釈に困難が生じている楚簡本『緇衣』第十七章についても、『荀子』の類似句に注目することにより、その解釈の一つの方向を示した。
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