本年度は、昨年に引き続き江戸時代に於ける朱子学の正統論の受容の典型として、山崎闇斎の高弟の浅見絅斎が著した『靖献遺言』の内容分析を行うとともに、本書の講義類をはじめ関連文献をさらに調査収集した。その際に、朱子学の正統論の代表である『資治通鑑綱目凡例』と、純正朱子学者を目指しながら朱子学と異なった正統論を主張した明の方孝孺の議論の齟齬を、浅見絅斎らがどのように受容し超克しようとしたかを見、政権の正統性と、政権の道義性の一致点に皇統を見出すその論理を解析した。なお彼らが正統論と道統論をめぐる多様な議論と問題点を知ったことが、彼らの議論にどのように反映したかを調べることで、かかる経験をしていない南北朝時代の北畠親房の正統論とどのような差を生み出しているかを明らかにし、浅見絅斎らが朱子学を経過したことの意義を鮮明にした。 正統論と道統論を考察する場合、朱子学が日本にもたらしたものは何かという根本的な問題がたちあらわれる。そこで、朱子学が個々の教説以上に、問題意識、思考の枠組、思想表現の手段などを日本の儒者に提示していることに注目し、それが正統論・道統論にもいかに現れているかを追求した。 これに付随して、江戸時代の代表的朱子学批判者である伊藤仁斎を浅見絅斎がいかに攻撃しているかについての資料を収集し、当事に於ける内と外からの朱子学観を検討した。それによって、江戸時代に於ける反朱子学運動の興起も、問題意識、思想の枠組、思想表現の手段の点では、朱子学の影響と言えることを明らかにした。また朱子学の道統論に対する影響が云々される禅宗の伝灯論の分析も行った。
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