部派仏教(俗にいう小乗仏教)と大乗仏教の関連性に関しては未知の部分が多く、両者の接点となるアビダルマ哲学の徹底研究が最重要課題として最近浮上してきている。本研究では、この問題を解明すべく、教理、実践の両面から、古代インドでのアビダルマ発展の状況を文献学的に解明することを試みた。膨大にして複雑なアビダルマ文献を体系的に取り扱うためには、まず諸文献間の対応をデジタルに表示することが必須であったため、『婆沙論』三本の詳細な内容比較を行い、対照表を作成した。これにもとづいて、アビダルマ文献中にあらわれる、律蔵や論書そして経典類をすべて洗い出し、リスト化することができた。引用経典に関しては、およそ千六百箇所にものぼり、今後これを整理し、源泉を解明することによって、アビダルマを伝持した諸部派の現実の変遷状況を知ることができると期待している。それによって、部派仏教から大乗へと仏教が大きく変化した過程において、それぞれの部派の果たした役割が明らかとなり、ひいては大乗仏教の起源へと探索の手をひろげることが可能になるであろう。さらに今回は、調査の過程で明らかとなった、律蔵の特殊な状況に基づいて、仏教において律蔵体系ができあがっていくプロセスに関してもある程度の知見を得ることができた。今後は、この情報と、いまだ手付かずのままで残っている律蔵注釈文献の研究を平行して進めることで、仏教僧団内部での法律体系の成立史が、部派の動向と連動したかたちで解明される可能性がある。以上のような、部派仏教と大乗を連続した宗教運動としてみる最近の史観に基づいて、仏教の歴史に新たな視点が得られることを期待している。
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