本研究は、「宗教言説」という概念をキーワードとして、近現代における宗教についてのさまざまな「語り」を全体的にとらえ、その特質を解明するとともに、今日なお「宗教」について語ることはいかにして可能か、という方法的かつ実践的問題にも取り組むことを目的とした。本年度は、研究のふたつの主題領域である「宗教経験論」および「未来の宗教論」に関して、それぞれの主題を総括する論文を執筆し、発表した。論文「流浪する宗教性--ジンメル宗教論とドイツ近代の宗教状況」では、ゲオルク・ジンメルの未来宗教論を論じつつ、近代性の複合的性格と宗教言説との関係について論じた。ジンメルは社会学者として、近代性を実に多面的にとらえたが、それに応じてジンメルの未来宗教のヴィジョンも複合的な性格のものであった。それはまた、近代における多様な宗教の未来像をあるしかたで集約するものでもあった。一方、論文「近代日本における宗教経験をめぐる言説--綱島梁川の経験報告とその意味」では、近代日本における宗教経験をめぐる言説群の葛藤を分析した。綱島は欧米に発する宗教経験概念を移入し、それを一連の経験報告テクストとして公にしたが、それらは一大センセーションを巻き起こした。本論文では、こうした反響をも分析することにより、近代における多様な宗教言説相互の葛藤と、そうした葛藤を通じて近代的宗教概念が形成・更新される様を確認した。さらに、これらヨーロッパおよび日本の宗教言説の分析を通して、現在における宗教実践にとってこうした歴史的反省がもつ意味をも探った。なお3年間にわたる本研究課題の成果は、『啓蒙と霊性-近代宗教言説の生成と変容』(岩波書店)と題して、2006年5月に刊行の予定である。
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