今年度は初年度として、ギリシャ以来の西洋における狂気の表象、19世紀の精神病理学、フロイトの芸術論に関する研究、ラカンや対象関係理論(ウィニコット、メラニー・クラインなど)を中心としたフロイト以後の精神分析的な芸術へのアプローチ等に関して、主に資料の収集に当たった。とりわけ、ギリシャ=ローマ文化におけるディオニュッソス的狂乱から、キリスト教における悪魔憑き、法悦や神秘体験などにいたる図像学的な資料を豊富に集めることができた。一方、フロイト以前のロマン主義の思想や芸術において、「狂気」が一種の創造の中心的な原理にまで祭り上げられていく経緯を、フュスリやゴヤの芸術、ディドロやショーペンハウアー等の思想に跡付ける試みに着手した。ロマン主義における「狂気」の想像力という考え方と、フロイトにおける「無意識」の想像力という考え方とがどのような関係にあるのかが、今後の課題となる。また、図像的資料から跡付けられる「狂気」の身体表象が、18・19世紀の美術や、シャルコーなどの精神病理学に、どのような影響を与えていたかも、フロイト以前の芸術と「狂気」や「夢」との関係を考察する上で重要なテーマとなる。また、フロイト以前における「夢」への関心のあらわれとして、19世紀前半のフランスの挿絵画家グランヴィルの夢の絵画化のシリーズを収集し、その検討に着手した。フロイト以前、「狂気」は身体の表象と、「夢」は絵画的イメージと強く結びついていたが、フロイトは、これら二つのテーマを、主に言語をめぐる問題へとシフトさせていったと考えられる。このいわばコペルニクス的な転換を考察することが、今後の課題となる。
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