本年度は主に、フロイト以前の19世紀における精神病理学や心理学、人類学や生物学などの言説と、芸術との関係に関する一次資料、二次資料の収集と読みに当たった。具体的には、エスキロル、シャルコー、チェーザレ・ロンブローゾ、トピナール、ポール・リシェなどである。ジェリコーからドガにいたるまで、とりわけ19世紀のフランス美術において、人間の身体や表情の描写に、当時の精神医学がどれだけ深く影響しているかをつきとめることがその目的である。また、フロイト以前の精神医学は、生物学や比較解剖学や人類学等とも密接なつながりをもっていたため、芸術における人体表現は、これらの知の領域をまたぐかたちで、学際的に探求されなければなちない。フロイトのレオナルド論やミケランジェロ論における、顔や身体、表情や身振りの表現にたいする強い関心と鋭い分析も、このような19世紀後半の知的・芸術的な文脈において捉えるなら、その意義がよりはっきりすることが明らかとなった。さらに本年度は、フロイト以前に夢に関心を示し、多くの夢のデッサンを残している、19世紀フランスの挿絵画家J・J・グランヴィルについて調査をおこなった。言葉を重視したフロイトと異なって、グランヴィルは視覚的なイメージによって夢を再現しようとしたが、その絵からは、「圧縮」や「置換」といったフロイト理論につながる特徴を指摘することができる。
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