3カ年計画の2年目にあたる今年度は、1年目に行った予備調査に基づき、9月から10月にかけて集中的に現地調査を行った。具体的には、スペイン北部のアルタミラ洞窟において、作品とそれが制作されている岩面の形状を、独自に開発した簡易記述法によって記録し、洞窟壁画における動物像などの写実的表現が、その制作されている岩面の自然の形状に一致している事例を確認することができた。これにより、既にデータを収集しているフランス南西部のフォン=ドゥ=ゴーム洞窟の事例と併せて、理論構築のために必要なデータが得られたといえるだろう。上記2洞窟以外の各洞窟の事例に関しては、既に収集している文献その他のデータをもとに事例分析を積み重ねており、今後は理論的考察を重点的に行うこととなる。11月にはインドのアーグラーで開催された国際学会に出席し、「Poetics of Seeing」という理論的見通しを中間段階で総括した研究発表を行った。すなわち、アルタミラ洞窟等で得られたデータをもとに、また、フランス南部のショーヴェ洞窟の写実的表現システムに見いだされる多様性から、暗闇において簡易ランプを用いて照らし出された自然の岩面を見ることが直接的に動物像等の写実的表現に結びついていることを明らかにしたものである。まだ写実的表現システムが確立していない段階で、紀元前30000年前の制作とされる、現在確認されている最古の芸術作品群であるショーヴェ洞窟において、極めて多様な表現システムの試みがなされたことが明らかになるのではないだろうか。今後は、この理論的考察をより精緻に構築して、最終年度である来年度の研究成果のまとめに向かってゆくことになるだろう。
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