ゴヤについての本研究では、(1)宮廷やアカデミーといった画家が属した社会的制度、(2)諸王宮の絵画装飾と王室美術コレクションというトポス的枠組み、(3)絵画コレクションの複製版画、(4)18世紀後半の美術理論、の4点にテーマを絞っている。 本年度は、夏季にマドリードのプラド美術館、国立図書館、高等学術研究所(CSIC)で資料収集をおこない、また近郊にあるアランフエス宮を訪れた。帰国後は収集した資料の分析にあたった。 宮廷画家ゴヤが王室絵画コレクションから受けた影響を実証的に論じる前提として、王室財産目録の分析が不可欠であるが、今回は1772年に完成したブエン・レティーロ宮の財産目録を複写した。また王宮とその内部の絵画装飾についてトポス的な視点から研究を続けている、ホセ・ルイス・サンチョの論考を分析した。とくにカルロス3世の宮廷画家であり、美術理論のうえでスペインに大きな影響を残したメングスと、彼が担当した王宮装飾について新知見を得た。 またアランフエス宮の小離宮といえるカサ・デル・ラボラドールでは、カルロス4世の時代に支配的となった新古典主義の王宮装飾を確認できた。他方ゴヤは宮廷画家として王宮の絵画装飾では極めて限定的にしか制作していないのである。 絵画コレクションの複製版画は、スペインでは18世紀後半になって本格的になり、ゴヤも若い時期に王宮所蔵のベラスケス作品を模写している。しかし一方でゴヤ芸術の本質に関わる創作版画を、彼は新技法を駆使して宮廷画家以外の立場で発表していた。当時の版画制作の実態をつかむため、国立図書館で同時代のアクアティントの作品を分析し、官報であるディアリオ・デ・マドリードから、18世紀末の民衆版画出版の広告記事を収集した。
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