本研究は3年間にわたり行い、2005年度はその最終年度であった。まず2003年と2004年では、日本各地に散在する江戸時代花鳥画の中でも、特に京都における円山四条派と、大坂における森派の「動物画」について調査を行い、写真資料や作品のデータを集めた。集積されるべきデータ量は、当初より膨大なものが予測されていたが、実際に行ってみるとそれ以上であることがわかった為、調査については本研究課題の期間終了後も、継続して行いたいと考えている。本研究ではこのような状況の中で、最も論じるべき対象として、円山四条派では長澤蘆雪の<仔犬画>が、また森派では森一鳳の<猪画>が抽出された。そしてこの二つのケーススタディを通じて、作品の「主題解釈」の再検討を行う必要性を見出した。すなわち、東洋における花鳥画では、伝統的に何らかの「吉祥」の意味をもつものであるが、江戸時代の「動物画」ではそうした伝統とは無縁の、「社会風刺」や「民俗信仰」、また江戸時代人の言語感覚にもとづく「ことば遊び」が隠されている場合が多い。また各流派内で独自に受け継がれていた「芸術家伝説」(流派の始祖にまつわる伝説)や、あるいは、あらたな形での伝統文学(特に和歌)の「見立て」(一種の「準え」)である場合も発見された。こうしたことにより、従来の作品解釈とは全く異なる視点や方法論が必要となった。結論的には、従来の花鳥画解釈の方法に加えて、私は<象徴><擬人化><ことば遊び>という三つの思考の有り方を、江戸時代「動物画」には照らす必要があることを見出した。そのため研究の主軸を江戸時代美術史に置きつつ、国文学・歴史学・民俗学また歴史社会学などの研究成果も多く援用する、比較文化論の手法によって論ずるに至った。具体的には、兎・烏・猪・虫・犬・狐を扱う形で単著にまとめ上梓した。その成果が『江戸の動物画--近世美術と文化の考古学』(東京大学出版会、2004年12月刊行、376頁)である。また江戸時代大名と博物図譜、とくに動物関連の図譜との関係についても研究を進めており、2005年には、『高松松平家所蔵 衆禽画譜 水禽・野鳥』(共著、香川県歴史博物館友の会博物図譜刊行会、2005年3月)、および『衆鱗図 全四帖・研究編』(共著、第四巻執筆、東海大学出版会、2005年12月)等へも論文を寄稿した。さらに昭和44年刊の『近衛予楽院御画・花木真写』(淡交社)を増補改訂・復刊した、『植物画の至宝・花木真写』(共著、淡交社、2005年12月、174-183頁)でも論文を寄稿し、公家として植物画を描いた近衛家熈の「華道」言説が、如何に彼の植物画や花鳥画に反映されているかを論じた。
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