15年度は、江戸時代から現代にいたるまでの、謡の「拍子」にかんする文献蒐集を行い、その書誌データベースを作成するためのフォーマットをつくった。さらに基本的な文献(300点)の入力作業をおえた。ただし、入力できたのは、それぞれの文献のおおまかな書誌事項のみであり、内容についての評価やコメントについては、まだ十分に行われているとは言い難い。この書誌は、いずれ出版する予定にしているので、次年度、次次年度と、さらに継続的な研究が必要となるであろう。 文献の蒐集作業についても、とくに江戸期のものにかんしては、決して十分であるとは言えない。いくつかの重要な江戸期文献の写真などが、まだ得られていない。拍子についての記事は、断片的にさまざまな謡の技術書に表れるので、ひろい範囲で江戸期の書物を渉猟することが望まれるのだが、この1年ではまだ十分ではなかった。次年度に課題を残すことになった。 「拍子の知覚実験」については、その見通しについて、雑誌『音楽学』に論文のかたちで投稿することができ、それが即座に出版されたのは幸運であった。謡い手が、拍子に関心をしめさない(それが重要であるにもかかわらず)ということの実態の把握は、日本の伝統音楽におけるリズムを、単にリズムだけでなく、担い手の社会性なども含んだ、より大きな視点から考えていく上で、必要不可欠なことである。このことの把握が、静岡県の西浦などの民俗芸能の謡のデータや、能の謡の録音データなどを通じて、より明白になったと思われる。拍子への無関心ということが、日本の伝統音楽の一般的な傾向として重要なことがらであるということについて、研究代表者自身が、確信できるようになってきたのは、この研究1年目の大きな成果であると考えて良いだろう。今後は、この視点にたって、データの蓄積、およびその組織をさらに進めるつもりである。
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