岩手県遠野市は、柳田国男の『遠野物語』の舞台として知られ、やがて「民話のふるさと」として有名になった。図書館と博物館では長年にわたって昔話の資料を集め、一方で、行政と民間では昔話をもとにした観光化に力を入れてきた。その際に、観光客を迎えて、『遠野物語』と同じような話を語り部が語ることが、大きな特色となっている。こうした事業を進めるにあたっては、日本で最初に昔話を集めた佐々木喜善の業績が大きな拠り所となっている。昔話は終わったと言われて久しいが、遠野では、文字で残されるだけでなく、生き生きとした語りのままに継承されつつある。その時に、観光という場が与える影響は極めて大きなものがあると言わねばならない。本研究では、こうしたかたちで市民が一体となり、昔話の保存と活用を模索している現状を中心に明らかにした。特に、梅田収得・菊池幹・多田良城・似内邦雄といった観光や図書館・博物館の創設に関わった方々からのインタビューは、次の時代を考えるためにも貴重であった。語り部の菊池ヤヨ、菊池栄子、佐々木イセの昔話について、文献との接点を探ったことも、特筆すべき事柄かと思われる。そして、なによりも、遠野市立博物館の特別展「日本のグリム 佐々木喜善」の開催に向けて進んだ佐々木喜善の研究は、最大の成果となった。こうした成果は、遠野だけにとどまらず、日本全国で、昔話の保存と活用を考えるための、最も基礎的な作業として高く評価されるものと自負している。
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