日本古代の和歌は、それが文字で書かれる以前はもちろん、文字で書かれるようになっても、黙読するのでなく、一人でいるような場合でも書かれた和歌を声に出して朗誦することによって享受していたと考えられる。古代和歌はこうした声の要素が著しい。こうした古代和歌の生成・伝承における声の要素の問題及び文字との関わりの問題は重要であるが、従来生きた口頭伝承を資料とせずに文字で記された古代の資料のみから帰納する方法によってきたために未だ十分に解明されたとはいい難い。 そこで、本研究ではこうした問題を解明するため、文献研究と口頭伝承についての研究とを総合し、奄美・沖縄の声の歌の生態を観察してその生成・伝承の論理を求め、そこから日本古代の和歌の問題について比較・検討するという方法をとるものとする。 第1章「大原今城の人と作品」では古代和歌・芸能の伝承者として注目される「風流侍従」と呼ばれた『万葉集』の歌人の一人である桜井王の子息大原今城について論じる。その歌人的特徴として宴席における和歌の詠作および伝承してきた古歌の朗誦とがあげられる。こうした能力は幼いときから身体化されてきたものと考えられる。 第2章「ウタシャの人生史-奄美島歌の生態-」は声の歌としての奄美島歌の歌い手の人生史において歌の習得がどのように身体化されてゆくのかを具体的に明らかにする。古代和歌の歌人における歌の学び方の問題と関連づけることができよう。 第3章「八重山歌謡トゥバラーマの歌い手」は声の歌としての八重山トゥバラーマの歌い手が歌を創作する方法や歌い手の個性化の問題について論じる。これらは古代和歌と比較することができる問題である。 本研究では、以上のような研究成果を得ることができた。
|