本研究は、演劇の問題をルソーの場合に限定しつつ、政治共同体(ジュネーヴ共和国であるからカルヴィニスムの宗教性、具体的にはジュネーヴにおける演劇禁止政策)との関連を視野にいれた包括的な研究である。ルソー『ダランベール氏への手紙』(1758年)は、ダランベールが『百科全書』項目「ジュネーヴ」で、ジュネーヴに劇場建設を勧めたことを批判する論争の書であり、演劇の社会政治的問題を広範に論じたイデオロギー的分析であり、そして啓蒙思想内部における不協和音がついに表面化したという意味で重要な思想史的意味を持つ書物であった。研究成果としては、同じような問題意識を共有していた九州大学の阿尾安泰教授と共に、2003年8月に米国ロサンゼルス市UCLA大学で開催された国際18世紀学会(ISECS)第11回世界大会に参加し、P.Coleman氏(UCLA大学教授)、O.Mostefai氏(ボストン・カレッジ教授)というアメリカを代表するルソー研究者の二人とともに『ダランベール氏への手紙』をテーマにパネル・ディスカッションを開催し、海外の研究者からの熱心な質問を受けるなどして、刺激的な意見交換をすることができた。この機会では、この作品に隠された「鏡像」の隠喩について佐藤が発表し、阿尾がジュネーヴとパリのトポスとしての対立について発表した。これに引き続き、2004年5月東京白百合女子大で、阿尾、佐藤に加えて増田真京都大学助教授の参加を得て、同様のテーマでシンポジウムを開催し、日本国内の18世紀研究者の多数の参加を得て、有意義な討論となった。以上の成果から、ルソー作品の政治的かつ文化史的コンテクストを密接に関連させる視点を確立するという成果を得た。
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