ディケンズの後期の小説と1860年代のセンセーション・ノヴェルの相互の影響関係は、従来考えられていたよりもはるかに密接である。主題に関する幾つかの局面を検証することにより、これら相互の影響関係は明白となる。それは以下のように記述できる。 1.物語のヒーローよりもむしろヒロインが中心的な位置を占める。 2.ヒロインは重婚、不倫などの性的な逸脱を犯す。 3.ヒロインは、夫殺し、放火、毒殺などの犯罪を犯す。 4.ヒロインに酷似したもう一人の女性が登場し、二重人格の主題が形成される。 5.二人の女性のアイデンティティが混同され、「幽霊」の主題が形成される。 6.ヒロインの犯罪・秘密を暴くものとして男性の「探偵」が登場する。 7.男性の探偵は、ヒロインの秘密を暴き、ヒロインの破滅を目論む。 このような一般的法則に近接するディケンズのセンセーション・ノヴェル的作品として、『ドンビー父子』、『ディヴィッド・コパフィールド』、『荒涼館』、『辛い時代』があり、同様にまたウッド夫人とメアリー・ブラッドンの幾つかの作品(『イースト・リン』、『ハリバートン夫人の難題』、『アシュリダットの影』、『オードリー夫人の秘密』、『医師の妻』、『ジョン・マーチモンの遺産』など)も上記の条件を満たすことが明らかにされた。 ディケンズの作品とセンセーション・ノヴェルの密接な関係を示すさらなる証拠として1869年から70年にかけて、ディケンズによってなされた「サイクスとナンシー」の公開朗読がある。そこでは、センセーション・ノヴェルに通底する「夫殺し」と「幽霊」の主題が、娼婦ナンシーを通して前景化する。
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