この研究の目的は、イギリスロマン派詩人・画家ウィリアム・ブレイクの複合芸術作品において、女特有の「乳汁」と「乳房」がどのように描き出されているかを、18世紀当時の自己愛論のコンテクストを考慮しながら、解明することであった。 乳汁は滋養の汁というポジティヴなイメージをもつが、ブレイク初期の作品においてもそうした乳汁が出てくる。しかし、わたしが着眼したのは、ブレイク初期の慈しみ育てる乳汁とは正反対の乳汁であり、ブレイク後期の作品に出現する乳汁だった。その乳汁は、男女の葛藤のなかに出現し、女が拠りどころとする汁である。初期の乳汁が母性的であるなら、後期の乳汁はエロティックであると言えるが、この後期の乳汁がもつ意味と役割を解明した。 じっさい後期のブレイク作品のなかで、男が支配的な精液(ブレイク作品の主要な体液のひとつで「支配の線維」とよばれる)を出してくるとき、それに対抗して女の乳汁(「乳の線維」ともよばれる)が出されるのである。乳汁が精液とおなじ白色をしていることを考えると、興味深いところだ。 ブレイク作品における乳汁と乳房の分析のため、ファクシミリ版を用いた。ブレイク芸術は視覚的な面を除外しては理解できない、と考えるからである。わたしはブレイクの作品を「絵」とみなし、その「絵」のなかに「詩」が書き込まれている、と理解している。ファクシミリ版がこの研究の基本的資料となるが、さらに国内で入手できない資料を外国出張によって収集した。こうしてまとめあげた研究成果は、英文にて執筆中であり、いずれ活字となるはずである。
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