古代ローマの詩人たちから、紀元前1世紀に活躍したカトゥッルス、ウェルギリウス、ホラティウスを取り上げ、その詩作品を「家郷喪失者」の観点から比較研究を行ない、以下のような考察を得た。 カトゥッルスの恋愛詩、とくにレスビアとの恋を歌うものは、恋人との関係を、信義や義務に基づいた人間同士の正しい関係を表わす一連の言葉を用いて表現している点で独特であるが、そのような関係が実現する場所として「家」が強調されている。ウェルギリウスでは、最初の詩集『牧歌』において描かれる故郷の土地を追われる牧夫の慨嘆と悲しみに、家郷喪失の危機に面した詩人の経験が重ねられるし、その原因となった内乱は道徳的な退廃をもたらしていると見られている。『農耕詩』では、家郷がそのような混乱した世界が再生するための拠り所とされ、詩人は農耕民族であるローマ人の持つ本来の道徳的理想を示そうとしている。ホラティウスでは、初期の詩において、内乱によって自ら崩壊しようとするローマを去って、新しい故国となるべき理想郷を求めようと詩人が呼びかけるとき、詩人の被った家郷の土地没収と、共和派としての敗北が色濃く反映している。これらの詩人に共通して見られる倫理性は、彼らの出自、すなわち家郷と関連していると考えられる。カトゥッルスとウェルギリウスは、北イタリアのトランスパダナの、ホラティウスは南イタリアの地方都市出身であり、ワイズマンも指摘しているように、これらの田園都市では、ローマ人の古風な道徳観が中央以上に根強く存続しており、入植者の末裔である住民たちは新しい家郷の建設の中で伝統的な道徳を保持し、そのことに誇りを抱いてきた。このことが、あるいは恋愛に対しての、あるいは内戦に揺れる国の状況に対しての、あるいは自己の詩作活動に対しての、彼らの視点に大きく影響している。
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