平成15年度には、ゲーテとW・ブレイクとドストエフスキーの文学、またタルコフスキーの映画に見られるグノーシス主義を研究した。 W・ブレイクのグノーシス主義は、ベーメの影響によるものと推測される。そこで、W・ブレイクとベーメの関係を、京都大学の鈴木雅之氏(英文学)らの協力を得て進めた。ブレイクの作品のなかでも特に重要なのは、『ユリゼンの書』であり、この難解な書物の解読に努めた。 ゲーテをグノーシス主義者と呼ぶことはできない。しかし彼がグノーシス主義の強い影響を受けていることは確かである。若きゲーテはピエティスムスの運動に惹かれていたが、ピエティスムスの理論的指導者だったエーティンガーは筋金入りのピエティストであったし、そのピエティスムスにはグノーシス主義がかなり入りこんでいたからである。またゲーテの『詩と真実』第二部第8章に出てくる宇宙の創造神話はグノーシス的な色彩が濃い。ゲーテとグノーシス主義の関係については、ドイツでRolf Christian Zimmermann教授、Hans Dietrich Irmscher教授らから多くの示唆を得ることができたし、貴重な文献も教えていただくことができた。 ドストエフスキーのほとんどすべての小説の核心には、善と悪の角逐というグノーシス的なテーマがある。ドストエフスキーがグノーシスのことをどれほど知っていたかは、調査を重ねてもそれを証明する文献に出会うことはできなかったが、『罪と罰』、『悪霊』の2小説を子細に考察することによって、ドストエフスキーの世界観はまことにグノーシス的であると考えることができた。 この世は悪であり、罪に汚されていると考えるタルコフスキーもまたグノーシス的な作家である。ドストエフスキーの場合と同様、タルコフスキーが直接的にグノーシスに言及している箇所はついに見つけることができなかった。しかしタルコフスキーが『聖書』のなかでも特に重要視した「ヨハネ黙示録」に、彼とグノーシスを結びつける接点があることを確認した。 近代ヨーロッパにおいてグノーシス主義がふるっている力については、東京大学の大貫隆氏らから多くの貴重な提言を得ることができた。
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