古代小説は前1世紀の『ニノス物語』(散逸)に始まるとされるが、小説の萌芽のようなもの、あるいは小説の一要素をなすようなものはそれ以前から瞥見される。初年度、中務はギリシア小説の起源に関わる様々な学説、即ちオリエントやエジプトの物語に起源を持つとの説、秘儀宗教テクストの隠された意味を散文化したものとする説、大セネカの仮想弁論起源説、等を検討した。16年度には、古代小説の発生にきっかけを与えたと考えられる作品、即ちクセノポン『キュロスの教育』に含まれる「パンテイアとアブラダタス」について、ギリシア神話および後世のペルシア文学の両面からモチーフ分析し、この物語の起源と後の小説への影響を考察した。17年度には、歴史というより伝奇的・小説的な筆致で描かれるペリアンドロスについて考察した。ペリアンドロスに纏わる伝承は豊穣神神話の変形とする説(Stern)、神話モチーフや通過儀礼を反映するとの説(Sourvinou-Inwood)、オイディプス伝説の焼き直しとする説(Vernant)、等を検討した上、古代ギリシア人がペリアンドロスを小説的なヒーローとして様々な伝承を積み上げたと結論づけた。 高橋はウェルギリウス『アエネイス』(英雄叙事詩)およびオウィディウス『変身物語』(物語叙事詩)の叙述技法の考察を一貫したテーマに掲げ、ギリシア神話の取り込みと物語化、様々な語り口を分析し、韻文で書かれた両叙事詩が散文による小説以上に豊かな文学形式であることを示した。その成果は『ギリシア神話を学人のために』において発表した。
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