英国ルネサンス演劇全般について、ト書きについてのデータベースを補完しながら、調査を進めた。大英図書館で当時の戯曲を100冊あまり調べ、利用価値のないデータを選別し、採取した。国内では、比較的無名の作品群についての研究書を他大学の図書館で閲覧した。また当時の版本中の木版画などを中心に、遺されている図版の検証もおこない、次の考察をえた。 (1)柱の利用の限定-現在、英米の学術的版本の注釈では、樹木や隠れ場所などが必要とされる場合、屋根を支える舞台上の柱(stage posts)が使われたとすることが多い。しかし柱を用いなければならない場合は、存外少ない。時としては、小道具の樹木が用いられただろうし、統計をとると、隠れ場所としては圧倒的に中央開口部のカーテン(arras)の後ろが利用されている。また、注釈が隠れ場所として柱を想定している場合でも、他作品の類似の場面では木版画に、小道具の四阿が描かれている場合もある。人物が柱に縛られる所作でも、Swetnamでは表紙の木版画は、持ち運びできる小さい木柱を示している。 (2)中央開口部(central opening)の利用-中央開口部は主に、物理的に大きなもの、玉座やベッドや宴会用のテーブルなどを運び出すために用いられ、Andrew Gurr教授や市川真理子教授の主張のように、調和や中心といった象徴的意味を付与する必然性はない。 (3)二階舞台の利用-市川真理子教授は、二階舞台からの昇降が台詞2行分ほどで行なわれていることを、シェイクスピア劇の比較的少ない用例から導き出したが、他の英国ルネサンス劇を調べても、昇降の時間はきわめて短い。戯曲に二階舞台の使用が明記されている場合でも、二階舞台のない劇場やホール上演しなければならない場合があり、そのことが影響をあたえていることも憶測できる。どちらにしても、現代人の想像しているよりも、はるかに迅速に昇降が行なわれたことは間違いない。
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