ドイツ文学の領域では、『第三帝国主義時代の亡命者をめぐる社会的考察-史実編(一)』(広島大学総合科学部、「人間文化研究」12号)でドイツ語圏亡命作家達の亡命の足跡を西欧各国毎に考察した。当時、オランダとチェコはドイツ人難民・亡命者の受け入れに寛大だったが、第二次大戦によるドイツ軍侵攻後、両国内の亡命者はさらに西側の国々へ逃れた。フランスでも開戦後、ドイツ人難民は敵性外国人として収容所へ入れられた。その結果、出入国ヴィザを持たない亡命者は滞在も再亡命もできない困難な立場に置かれた。また、ユダヤ系ドイツ人の子供約一万人が肉親と別れて英国に渡った。彼らの中で後年作家として自らの体験を作品化した者もおり、そうした作品にも言及した。 『ボーマルシェ、または<フィガロ>の誕生』(日本独文学会研究叢書)ではF.ヴォルフの亡命時代の劇作品を取り上げ、仏革命前後に生きたボーマルシェを捉えるヴォルフの歴史的観を論じた。 他国の戦争文学とは異なる性格を持つ日本の原爆文学に関して、広島で被爆した作家の作品に関する考察を行い、『原爆文学論-峠三吉、大田洋子、原民喜』(「世界文学」98号)にまとめた。三者はいずれも関東から避難疎開する形で郷里広島に戻って被爆した。彼等の作品はいずれも、戦後の占領統治下の検閲制度の圧力を受けて、一部自主削除を求められたり、刊行されなかった。大田と原民喜の作品には戦争の廃城の中にあって「新しい人間」への待望を記し、戦後文学の先駆けとなっている。原民喜の作品には西欧文学・芸術の影響が色濃く、特にリルケの影響を中心に考察した。従来、原民喜の作品世界を西欧文学との関連の中で解明した論文は極めて少なく、重要な考察結果を得た。
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