1.平成15年度の研究テーマは、ビューヒナーの文学的テクストの生成過程に(1)ドイツロマン派の作家ティーク、(2)フランスの人民民主主義思想家ルソーが与えた影響を考察、検証することだった。(1)の課題はマールブルクのビューヒナー研究所から最近出版されたビューヒナー全集第五巻『レンツ』の資料研究の項目と、ティークの個々の作品を詳細につきあわせることによつて、同研究所が指摘する以上に、ビューヒナーがフランス感覚論に対するティークの批判的考察に影響を受けていることが判明した。この研究成果は、日本ビューヒナー協会の機関誌『子午線』第四号に発表する予定である。研究課題(2)に関しては、この間ルソーの原典を『人間不平等起源論』、『社会契約論』、『政治経済論』などの社会批判・社会再編成論ならびに、ビューヒナーが自作『ダントンの死』の中でパロディの対象としている『エミール』を精読した。現段階で指摘できることは、『ダントンの死』が『社会契約論』のラディカルな人民民主主義思想に立脚しながら、それを実現する主体としてルンーが持ち出す神性を帯びた超人的な立法者に、「血の救世主」ロベスピェールを対置させ、ルソーの社会再編成理論の観念論的限界を抉り出そうとしている点である。このことを指摘した論文を、平成16年度中に日本独文学会機関誌「ドイツ文学」に投稿する予定である。 2.平成15年度の研究活動の一環として付記しておきたいのは、9月中旬およそ10日間マールブルクのビューヒナー研究所を訪ねる機会に恵まれたことである。デードナー所長を始め研究所のメンバーと頻繁に議論する機会がもて、また平成17年度の刊行が予定されているビューヒナー全集第六巻『レオーンスとレーナ』の、およそ五百頁にわたる解説、注釈を閲覧できた。とりわけ後者はこの数年来準備を重ねてきたビューヒナーの翻訳全集原稿を点検・推敲するうえで、大きな意義があった。
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