研究概要 |
平成15年度から17年度までの3年間の研究助成期間の最大の目標は、アイルランド並びに北アイルランドの歴史・文化・社会を扱った単著を出すことであり、それが最終年度に『異邦のふるさと「アイルランド」-国境を越えて』(新評論、総ページ343)として結実をみた。補助金助成を受け、北アイルランドでの現地調査を、短期間ながら、複数回こなし、紛争地を実際に訪れてはプロテスタントとカトリック両宗派のコミュニティを特徴付けるミューラル(政治的プロパガンダのための壁絵)やグラフィティ(落書き的な檄文)を記録・調査し、また一方、シェイマス・ヒーニーをはじめとする北アイルランド詩人の作品となった舞台を訪れることによって、これまで主に書物を通して知っていた「北アイルランド」を、文字通り、肌で実感することができた。この数回にわたる体験は、民族や国家、宗教、さらには言語などの要素が複雑に絡みあう北アイルランド社会の実相を深く知る契機となったばかりでなく、論文を書く新たな動機付けとなった。したがってこの3年間は、調査・研究と著述が相互に影響しあった、まことに有意義な3年間であった。本書では、上記、北アイルランドのフィールドワークの調査結果だけではなく、われわれ日本の現代人にとってアイルランドとは何かという問題、あるいは故郷という普遍的な問題、そして、アイルランド島に固有の大飢饉、移民といった歴史的な側面、さらには、言語や民族の問題まで多岐に扱うことができた。 これ以外に、この20年ほど続けているT.S.エリオット研究も継続した。これは「研究課題」と結びついていないように見えるかもしれないが、英米文学史的観点から見て英語で書かれる現代詩がエリオット(とくに『荒地』)から始まる点、そして、アイルランドの詩人といえども、エリオットの詩や批評の影響を大きく受けている点、さらには、エリオット詩の持つモダニズムという特性がアイルランド及び北アイルランド出身の詩人の作品にさまざまな形で継承・応用されている点などにおいて、この二つの研究は深く結びついている。とくにヒーニーの場合、‘Learning From Eliot'という一文を書いているように、彼自身の著述(とくに評論)の随所にエリオットの影響、ないしは、エリオットを意識した形跡がうかがわれる。こうした特徴を踏まえ、この3年間継続したシェイマス・ヒーニー研究とエリオット研究を統合する形で、2006年秋開催予定の日本T.S,エリオット協会年次大会において、シンポジウム(「T.S。エリオットとシェイマス・ヒーニー」)を企画・準備している最中である。
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