I 目標設定:ヨーロッパの博物誌はルネサンスから19世紀前半期まで、近代科学や近代社会の歩みに寄り添うような形で展開してきたものの、科学史では黙殺され、一方文学ではビュフォンの『博物誌』以外に言及される書物はまったくない。博物図版は好事家にとっては垂涎ものの宝である反面、美術史でほとんど注目されない。だが、たんなる書物として見ても、博物図鑑とはテクスト部分の学問的記述のほかに、彩り鮮やかな版画があり、版型や装丁や造本自体が書物史にとって重要な意味を持っている。また、思想史の領域で「網羅」や「収集」といった主題の側から光を当てれば、ディドロ、ダランベール『百科全書』と並んで、イエーツやロッシが明らかにした古代記憶術の伝統が生きている無尽蔵の資料体を見なすこともできるのである。本研究は、フランスを中心とした博物誌の書物が秘めているそのような領域横断的多面性を、まさにその特質に見合った多彩な方法と視角から浮き彫りにし、近代世界における「知」のあり方に新しい光を当てようとするものである。 II 本年度の成果:2003年〜2004年における本研究の特色は、研究目標として掲げた4つの角度、すなわち1)思想システムの解明、2)間テクスト性の解明、3)生成過程の解明、4)影響関係の解明、のうち、前2者についてかなりまとまった成果を出しえたことであろう。1)思想システムの解明:「もの」や「存在」の全領域についてのカタログ化という試みは、ヨーロッパ思想史に根強い伝統を築いている「古代記憶術」に淵源をもつ。記憶術が17世紀の新哲学(デカルト、ベーコン、ライプニッツ)の中で、新しい「知」の編制技法として蘇り、それが啓蒙時代の『百科全書』や博物誌といった巨大な集成へと進化するプロセスを跡づけた。2)間テクスト性の解明:博物誌を同時代(ルネサンスから19世紀前半まで)の文化、とりわけ『百科全書』との相互影響関係の中で捉え返した。 III 今後の展開:引き続き、3)生成過程の解明、4)影響関係の解明について、研究を続行したい。そして、4課題を統合する装置として、「デジタル博物誌アーカイヴ」の構築を行う。
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