科学史では黙殺され、一方文学ではビュフォンの『博物誌』以外に言及されることのほとんどない博物図版について、本研究は、以下の4つの角度から新しい接近を試みた。1)思想システムの解明。「もの」や「存在」の全領域についてのカタログ化という試みは、ヨーロッパ思想史に根強い伝統を築いている「古代記憶術」に淵源をもつ。博物図鑑に「網羅」や「収集」といった主題の側から光を当てれば、記憶術が17世紀の新哲学(デカルト、ベーコン、ライプニッツ)の中で、新しい「知」の編制技法として蘇り、それが啓蒙時代の『百科全書』や博物誌といった巨大な集成へと進化するプロセスが跡づけられる。 2)間テクスト性の解明。博物誌を同時代(ルネサンスから19世紀前半まで)の文化、とりわけ『百科全書』との相互影響関係で位置づけた。 3)生成過程の解明。ここでは画像付きの博物図鑑を、書物としての様態から分析する。書物史における挿絵本としての位置づけ、また版画制作技術の解明などを行った。4)影響関係の解明。生物学の誕生、写真術の発明などで、19世紀半ばに衰退の兆しを見せ始める博物誌の歴史的意味づけと、後生への影響の諸相を論じる。以上の四アプローチは一つの総合的視野の下で捉え直されねばならない。それらを統合する装置として、「デジタル博物誌アーカイヴ」の構築を行った。これは400枚を超える博物図鑑画像を一枚のCR-ROMに編み合わせた作品である。
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