研究概要 |
本研究は軍記物語と英雄叙事詩の研究成果を相互に応用し、両分野の研究の飛躍的な発展に貢献することを目標とする。その重点は、(1)ヨーロッパの叙事詩研究で従来関心のうすい事象について、日本側の成果を対照して発展させる視点を提示する。(2)逆にヨーロッパで近年新たな視点が提起されている研究を、日本側の研究に応用する可能性をさぐる。それは、(1)いくつかの作品には「成立時点で複数のオリジナルが存在した」とする理論、および(2)「封建的主従関係の破綻と回復」の研究である。 今年度は主に文芸作品を史料として読む方法論について考察した。恒常的戦争状態の中世においては、その社会相が文芸作品にも多様な痕跡を残しているにもかかわらず、ヨーロッパの歴史学者がこれらを参照することは従来稀だった。しかし錯綜した人間関係、すなわち関係の破綻や,それを回復する過程にみられる特性を把握しようとするなら、法鑑や平和令の記述に頼る方法には限界がある。日本の軍記物語は年代記的な側面をもつうえ、歴史上の出来事を素材とするものがほとんどであるため、虚構的要素はあるものの、慎重に扱うことで十分史料となりうる。これに対してヨーロッパの英雄叙事詩は史実との関係が希薄であるため、事実性を重んじる歴史学者が距離をおいてきたのはある意味では当然である。しかし人間関係の機微のように、記録文書にのりずらいものは、文芸作品以外に頼れるものはない。この点で日本の歴史研究者の姿勢がヨーロッパの歴史・文学研究者に様々な刺激を与えることは確実と思われる。今年度の発表論文では、中世ヨーロッパ文学研究で従来、聖書や古典作家により確立したモティーフといわれていたものが、実はむしろ社会の実態を反映したものであることを日本文学との比較を通して論証した。
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