ブリハットカター(BK)諸傳本のうち、ブリハットカターシュローカサングラハ(BKSS)はネパール伝本であり、ヴァスデーヴァヒンディー(VH)はジャイナ伝本である。このBKSSとVHがともに主人公が一人称叙述によってみずからの戀の冒険を語るという構成をとり、説話内容も互いによく對應し、全体として現在失われた原BKの特色をよく留めているものであることは従来指摘されている。 しかし、本年度の調査により、VHはBKSSに比べBK主要部の説話が簡畧であること、したがって原BKの内容を細部にわたって知ろうとするときは、VHよりはむしろBKSSを基礎にするべきことが確認された。 さらに本年度の調査により、VHとBKSSがともにガンダルヴァダッター説話を収め、しかもこの説話がタミル語説話集たるジーヴァカチンターマニとほぼ同じ内容のものである事が判明した。 つまり、主としてサンスクリット語とプラークリット語で現在まで伝えられてきたBK主要部が南印度のドラヴィダ語説話文学の伝統とともかなり密接に連関している事が確認されたわけである。 また、BKSSは散文で著はされた原BKを韻文で要約したものであるが、この要約の際に、多少の混乱が生じ、ところどころで物語の筋の上で矛盾を含むものとなっていることが明らかとなった。 したがって主人公と妃の恋愛と結婚および妃の失踪について精査するときは、BKSSとVHばかりでなく、やはりカシミール系諸本、特にカターサリットサーガラを参照せねばならぬことが確認された。
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