グナーディヤ作大説話集ブリハットカター(BK)の原テキストはすでに亡失し、現存するものは後代の諸伝本のみである。本研究ではまづカシミール系BK伝本たるブリハットカターマンジャリーとカターサリトサーガラの比較吟味を行ひ、その結果、両書の共通典拠たるカシミール・ブリハットカターが従来考へられてゐたやうにパイシャーチー語で著されてゐたのではなく、すでにサンスクリット語で記されてゐたことをつきとめた。 グナーディヤ原本の基本性格をよりよく留めるものは、むしろネパール伝本たるシュローカサングラハとジャイナ伝本たるヴァスデーヴァヒンディーである。本研究では、これらネパール系ジャイナ系BK伝本を丹念に比較分析し、さらにバラタ作演劇論書ナーティヤシャーストラの関連箇所をも考慮に入れて、原BKの内容構成の復原を試みた。その結果、原BKもしくは現存BK諸伝本の祖本BKは、五部分、すなわち、ピータ・ムカ・プラティムカ・シャリーラ・ウパサンハーラから成ることが判明した。これら五部分の中で主要部分たるシャリーラはおそらく二十六のラムバカに細分されてをり、各ラムバカでは、主人公ナラヴァーハナダッタ王子が特定の乙女と結婚するまでのいきさつが物語られてゐたものと思われる。原BKの内容構成については、すでにF・ラコートやL・アルスドルフが自説を述べてゐるが、本研究ではこれら先行研究を大幅に批判し修正することができた。
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