ウィリアム・モリスの種々の思索や活動は、柳宗悦の民藝運動の開始において、大きなインスピレーションを与えたばかりでなく、その展開の過程においても様々な影響が計り知れない。しかし、柳宗悦自身による「民藝運動はモリスの工芸運動の模倣ではない」という旨の発言によって封じ込められたかのように、モリスと宗悦との関係をめぐる詳細な検討、検証は十分になされてきていない。モリスと宗悦の両方を扱う論文は数少ないながらあるものの、これまでの論文では、宗悦の思想や活動の独自性を強調するために、モリスと宗悦の共有したものよりも、共有しなかったもの、類似よりも相違を強調する傾向が強い。3年間にわたる研究の初年度にあたる今年度は、まず、それらの論考が共通して強調するモリスと宗悦の相違というものが、本当に相違なのかどうかという疑問を前提に、柳宗悦とモリス双方のこれまであまり注目されることのなかったテキストも含めて詳細な調査を行い、彼らが本質的に共有していた、近代主義についての違和感と、それが自然と敵対する姿勢についての批判的言説を抽出し、その共通した傾向を探った。 具体的な作業としては、来年度以降の分析作業の基盤となる言説の詳細な検討を元に、抽出したいくつかの暫定的なカテゴリーを設定し、それらを微調整しながら、基礎的な言説データをデータベース化した。モリスのテキストでは、社会的主義活動に直接的に関わる作品よりも、むしろ純粋に文学的なテキストを重視した。それゆえに今では、ほとんど顧みられることのない物語詩Earthly Paradiseを重点的に分析した。このテキスト分析においては、特に、モリスが抱いていたヨーロッパの周縁文化への強い共感が具体的に明らかにできた。なお、研究初年度の今年度は基礎的なデータ蓄積に時間をとられ、成果発表という段階にまでは残念ながら至らなかった。
|