ウィリアム・モリスとはいったい何者なのか。この問いに、今もって誰も的確な答えをすることができないでいる。まず、その活動のあまりの多彩さから、彼を一つの定義で言い表すことの絶対的な困難さがあり、そこに「デザイナーとして」のモリスや、「詩人として」のモリスという限定付きのモリス評釈が始まる。そこから、様々なモリスの側面がつまびらかにされてきたことは事実である。しかし、そうした成果の集積は、今もって有機的なモリス像を彷彿させることに繋がってはいないように思われる。詩人であり、デザイナーであり、また社会変革家であること--そのどれをも放棄することなく追い求め続けたモリスの根底にあったものの本質を明らかにする作業が必要なのである。その根底にあるものとは、大学在学中に始まり、数年に亘って幾度も続けられた北フランスとフランドルへの旅と深い関わりがある。そこで、今年度の研究では、モリスの彼のヴィジョン形成の原点と考えられるオックスフォード大学時代の北フランスへの旅を焦点として、その前後の状況を精査し、ラスキン崇拝を始めとするさまざまな影響の中から、ゴシック建築との対峙の中で自らの原点を発見する過程を見ながら、モリスの核に近づくことを試みた。この1855年の北フランスへの旅は、彼が大学卒業を目前にして聖職者として立つことをやめ、一転して芸術に生きることを決意させる重要な契機となったが、そこでモリスは何を見たのか、あるいはモリスに何が起こったのかを検討し、ラスキンの影響のなかで、モリスが特に何を受け取り、どのようにそれを消化して自らの転機としたのかを探った。またこの成果は、日本比較文学会第20回中部大会において、「ウィリアム・モリスのヴィジョン形成と北フランスの旅」と題して発表した。
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