本格的産業化社会が世界で初めて出現したイギリスで、その初期に、いち早く、伝統文化や自然環境、あるいはそこに培われるはずの人間の暮らしが被りつつある深刻な弊害に気づき、その問題に対して、生活デザインという極めて斬新な方法で立ち向かったウィリアム・モリスの業績は特異である。この研究では、そうした産業化社会の入り口にあって、「時代との聖戦」を当初は聖職者として観念的に戦うことをめざしながら、その後紆余曲折を経て、デザインという具体的で、即物的な戦略にたどり着いた画期的な事績をたどるとともに、その戦略の中身と展開を明らかにした。モリスは、そのデザイン制作において自然のモチーフをふんだんに取り入れたが、モリスの仕事の真価は、自然そのものを新たな文化装置としてリ・デザインし、新たな世界観に組み入れ、それを新しい生活のあり方として提示することにより、近代の世界観そのものの変革を目指したところにある。近代主義的世界観のもとで「発展」し続けた産業社会が、「文化装置としての<自然>」をナイーブで時代錯誤的なもの、あるいは現実の社会とは無関係な絵空事であるとして長い間にわたって退け続けてきた後に、21世紀の今になってようやくその必要性が明確に認識されるようになってきた。しかし、その復興は遅々として進まない。それは、「文化装置としての<自然>」というものが、かつて考えられていたほど単純でも、無作為なものでもないということの証でもある。その高度に洗練された文化装置である「自然」を、自然と文明というような単純な二項対立の中から救い出し、再び文化の主流に引き戻して行くことが、近代主義を社会発展の基盤として受け入れ自然との乖離を深めてきたすべての文化圏に共通する重要な課題である。モリスの仕事の検証はその格好の題材であり、今後も引き続き緻密な検討を重ねていく必要があるだろう。
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