研究概要 |
今年度も、昨年度に引き続き、明治・大正・昭和初期に日本で活躍した西洋近代文芸論の翻訳・紹介者のうち、中華民国期に中国語に翻訳された著作を中心に資料の収集に努めた一方、継続する民国文壇という視点から、台湾における厨川白村著作の翻訳状況について調査した。今年度の資料収集の目的である自然主義以降の文芸理論のうち、特に「プロレタリア文芸理論」の日本人著作からの翻訳文献を収集することに専念した。例えば青野季吉著『観念形態論:宗教・哲学・倫理・芸術』(東京南宋書院、1928.7)の翻訳、若俊『観念形態論』(上海南強書局、1929.6)、また同著の「芸術」のみを訳した陳望道『芸術簡論』(上海大江書鋪、1928.12)、樊仲雲「文芸進化論」(所収『新興文芸論』上海新生命書局、1930.11)や、蔵原惟人著「プロレタリア・レアリズムへの道」(『戦旗』1号、1928.5)の翻訳、林伯修「到新写実主義之路」(『太陽月刊』7号停刊号、1928.7)などの「新興文芸」に関わるプロレタリア文芸理論書をコピーすることが出来た。一方、厨川白村が普及に努めた西洋現代主義の「個人」を重視する文学理論は、中国では1930年代以降プロレタリア文学理論の受容に重点が移り、特に延安の文芸講和や人民共和国成立以降、「個人」は「集団」や「階級」に取って代わられてしまう。ところが台湾においては、厨川白村著作が継続的に翻訳されていることが判明し、以下の6種の貴重な翻訳資料を入手することができた。 徐雲濤課《苦悶的象徴》臺南市,經緯書局,1957年(民国46年)/琥珀出版部編課《苦悶的象徴》臺北縣板橋市、1972年(民国61年)/徳華出版社編輯部編繹《苦悶的象徴》臺南市、1972年(民国61年)/青欣譯《走向十字街頭》臺北市,志文出版社,1980年(民国69年)/金溟若譯《出了象牙之塔》臺北市,志文出版社,1988年(民国77年)/林文瑞繹《苦悶的象徴》臺北市,志文出版社,1995年(民国84年) 現在は、今年度までに収集した資料を使用して、「日本人著作に見る西洋近代文芸理論の翻訳一覧と年表」を作成している。また、今年度は「『故事新編』の変容と表現主義」、「台湾における厨川白村現象-継続する中華民国」というテーマでの論文を作成する。
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