第三年目の本年度は、いよいよ次年度の最終的な研究総括とその公開に向けて、資料の整理と更なる充実を念頭に研究を遂行した。 本年度は、唐詩旧抄本の日本残存の原由として、以下の三つの点で大きな成果が挙げられた。詳しくは裏面所掲4篇の研究論文に発表したが、いずれも我が国における漢籍受容史の中で、新たに発見および確認された事項である。(1)九〜十世紀日本最古の物語「竹取物語」における中国文学受容(従来これに関しては否定的な論説が主流であったが、「月を忌む」という言葉を鍵に、それが単なる我が国土着の風習に基づくものではなく、中国『白氏文集』等の影響が見られることを明らかにした)。(2)十二〜十三世紀日本と中国、そして朝鮮半島における書籍流通の実態(印刷本中心の中国・朝鮮に対し、同時代の日本ではまだ書写本を第一とする書籍伝授が行われていたこと、およびその具体的理由)、(3)織豊期に我が国に流入し、江戸初期に訓点を施して覆刻された各種江戸漢籍の出版情況(特に十七世紀石川丈山とその周辺の京都の知識人達の動向を杜甫詩の選集のひとつ『杜律集解』を中心に解明した)。 以上の新知見は、次年度編集の本科研報告書において、詳細な資料データとともに公開する予定であるが、特に本年度は、上記研究の進展にともなって、多くの書籍資料の購入を余儀無くされた。よって年度当初の申請時において予定していた「謝金」の支出は、急遽「物品費」(関連文献資料の購入)としての支出に変更せざるを得なかった。しかし、本研究期間である四カ年全体においては、ほぼ所期の計画通りに進行している。 我が国の、特に近世(江戸時代)における唐詩本文には、上述の(1)(2)(3)の研究成果からも立証される通り、数多くの貴重な逸文(現在の中国には残っていない本文)が残存しているのであり、それが単なる偶然の所為ではないことが本研究によって明らかになりつつある。
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