最終年度となる本年は、いよいよその具体的な研究成果の公表を第一に考えて活動を展開した。特に国立歴史民俗博物館に所蔵される鎌倉時代の旧鈔本『白氏文集』については、いよいよその校勘記の第一号を学術誌『白居易研究年報』に掲載した。この校勘記は、単に鎌倉時代の写本の翻字ではなく、本研究課題のタイトルとなった「近世校勘資料」、すなわち宮内庁書陵部、前田育徳会尊経閣文庫、東京国立博物館、名古屋市蓬左文庫などに所蔵されている我が国江戸初期那波道円刻『白氏文集』に書き込まれた文字の異同についてのメモを集積したものである。この校勘記は、いまだ完結ではなく、今後数年にわたって随時続巻分を発表してゆくものである。また、単に校勘資料のデータのみを提示するだけでは研究成果の公開としては不十分であると考え、その日本残存の校勘資料のもつ意義を明確にするために、我が国に残存する白居易の逸句である「任氏行」(日本残存28文字、また中国にも別の箇所の28字が発見された)についての分析結果を論文として発表した。「白居易の青春と徐州、そして女妖任氏の物語」と「白居易『任氏行』考」がそれである。数ある唐詩作品の中で、何ゆえに白居易(白楽天)の詩歌のみが、平安時代以来我が国に愛読されたのか、この問題について、白居易10〜20歳代の経歴と9世紀の我が国と中国との交流(交易)という二つの方向の資料から考察したものである。これまで日中双方の学界において、いまだ十分議論が尽くされていない「唐時代の書籍流通」という問題について、はじめて本格的な分析結果が提示できたと思う。なお、この研究成果は、平成19年度中に、中国の北京大学(8月上旬)、韓国の成均館大学校(8.月中旬)において、研究発表を行うことになっている。この助成研究の成果が、日本と中国、そして韓国をも含めた大きな文化交流(伝統文化研究)の契機となることを願っている。
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