本研究は、日本近世の「手書き本(旧鈔本)」や、印刷本紙面の余白部分への「書き込み」の中から、そこに偶然書き残された中国唐時代の貴重な詩歌テクストを発見、発掘する作業である。 また、この作業を通じて、それらの「貴重なテクスト」が、なぜ日本に、いつ頃、そしてどのような径路と方法で渡来したのか、更には、それらがなぜ中国本土で失われていったのか、について考えることも課されていた。 例えば、唐の詩人白居易の作品は、現在でも三千首を超えるが、それでも、現在は中国では失われ、日本にのみ断片として残るものが数十句見つけられる。また、中国本土での「誤写」「誤伝」によって、日本伝来の本文と、現在中国で一般に通行している本文とが、大きく異なるケースが数百件にも及んだ。 私は、現在日本の各地の文書資料館や公共図書館の保存資料を収集、整理することによって、これらの実例を入手し、また、その伝来の径路や、残存、そして消滅の過程を幾つかを明らかにした。 その結果、日本と中国の唐時代、またその後の文化交流が、従来の遣唐使だけに限らず、民間レベル、あるいは沿岸地域相互間のレベルにおいても、頻繁に、そして濃密に行われていたことが、この「書籍の交流」という視点において、実証されたように思う。また、この研究成果は、本国である中国では見ることのできない貴重な資料を発見、提供するという意味において、中国古典文学の研究分野において大いに有益な成果であると思っている。
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