本年度においては、今日英語圏に見られる他民族状況のなかで、いかに各民族の自意識と国家としての同化という相反する要素が形成されてきたかに注目し、本作品の評価の変遷をそれぞれの地域における多文化社会の成熟という観点から改めて見直した。原作が最初に出版された英国に関しては、第二次世界大戦後の移民史において、アフリカ系住民とインド系住民がどのように社会に受け入れられてきたかを検討し、本作品の評価の変遷との関連をさぐった。また、最近になってさらに新しい版が出版されているアメリカ合衆国における本作品の評価史を再検討し、最近の版がどのような評価を受けているかをふまえて、アフリカ系アメリカ人および、インド系アメリカ人にとっての自己認識との関連において、本作品がどのように位置づけられているのかを、歴史的な変遷とも関連づけて論じた。さらに、本作への影響が指摘されている19世紀に出版された先行する絵本や、当時の小説の挿絵などとの影響関係について、図像学的観点から比較検討した。その際、人種や西欧文化が描いたアフリカ、インドの表象については、多数の例証を追加ことができた。また、今年度はこれまでにすでに論文として発表したものを含めて、全体としてポスト・コロニアリズムの観点から本作品の歴史的意味づけと現代作品としての評価をまとめて、名古屋大学大学院国際関係研究科に学位論文として提出した。
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