本年度においては、以下の3点について標記研究を遂行した。 1)既存の音声資料の分析に基づく中舌母音の歴史的性格の究明 2)新たな臨地調査による中舌母音方言資料の補完及び分析 3)中舌母音の歴史的性格に関する仮説作りと仮説の修正 1)においては、中舌母音を有する日本語周辺方言から北琉球奄美方言を取り上げ、(1)エ段音対応、(2)su・zu・cu対応、(3)連母音ai・ae等対応、(4)隣接中舌拍からの同化、の4つの要因のうちの(1)及び(2)の歴史的関係に着目して、Ci・Ce・Cu(C=s・z・c)の奄美方言全体における統合状況を5つの類型に分けて地図化を行い、大野「一つ仮名弁ではない奄美北部方言の歴史的性格」『音声研究(日本音声学会機関誌)8-1』として発表した。また、北奄美における周辺方言の音声的特徴に関して、大野「北奄美周辺方言の歴史的性格」『岩手大学教育学部研究年報63』を報告した。 2)においては、南琉球において中舌母音の顕著である波照間島方言の臨地調査を行い、高母音化に関連した半広母音(特にオ段拍)の状況把握を行った。 3)においては、1)において発表した論考及び2)の臨地調査によって得られた資料を踏まえて、琉球方言全体の中舌母音の歴史に関する先行仮説の批判と新たな再構築を行っている。また、本土の東北方言等における中舌母音の歴史の外部指標として、近世におけるタターリノフやレザーノフらの漂流民史料や、古代におけるアイヌ語地名表記の活用の可能性についても検討を進めている。
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