1988年、トロントの国際ゴア・コンヴェンションに於いてルドリン・ロドリギーシュ氏が「ポルトガル来航以前のコンカニ文学」と題して紹介して以降、ポルトガル・ブラガ公文書館に保存されているローマ字化された『マハーバーラタ』『ナーラーヤナ』の散文資料はコンカニ語研究者に広く知られることになった。ゴアのコンカニ語研究者には、これらがポルトガル以前にインド系文字で書かれたコンカニ語作品が存在したことの証拠とする説が受け入れられ、両古典作品が相次いでデーヴァナーガリー文字に転写され出版された。しかし、特にこの時代のコンカニ語の音韻に関心のある研究者が関心をもつ、写本のローマ字表記に忠実な二次資料はいまだに出されていない。本研究は、ローマ字原文に忠実な電子テキスト化を念頭に、ブラガ公文書館の手書き写本771、772を実際に閲覧し、複写を入手して分析することを目的とするものである。現地調査とその表記や誤記訂正の分析の結果、二つの写本のうち、771とまとめられたものがおそらく文字化されたオリジナルであることは明らかになったが、ローマ字による表記体系は17世紀初頭までに確立されたと考えられるキリスト教出版物での表記方式で一貫しており、言語的特徴の面でもこれらの資料がポルトガル人来航以前に遡ると考えられるような積極的な根拠は見出されなかった。むしろ、同時代の日本におけるキリシタン文献と平行的な性質の文献として捉えられるべきものと考える。手書き写本の電子化については、現在も作業を継続中であり、コンカニ語や関連の移民方言の言語を含む多言語コーパスを構想している。
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