研究概要 |
特異的言語発達障害(Specific Language Impairment : SLI)とは、聴覚障害、知的障害や自閉症を伴わない発達性の言語障害をさす包括的な名称である。これまでの欧米での研究成果では、時制、相、一致、数、格などの文法形態素による屈折にその障害が選択的に現れることが報告されている。 本研究の目的は、日本語におけるこの障害の言語学的な特性を明らかにし、その特性を欧米での研究成果と比較しながら言語学的に考察することによって、SLIの文法障害の発生する脳内メカニズムを明らかにすることである。 これまでの成果で、日本語の複合動詞の形成過程において、SLI児は自他交替における形態変化(例:「まわる」「まわす」)にはあまり困難を示さないが、使役文や受動文における語形成(例:「走らせる」「叩かれる」)に顕著な障害を示すことがわかっている(Fnkuda & Fukuda,2001a, 2001b)。このような障害の非対称性は、統語的な主要部の移動が複数の事象範囲にまたがる場合や、移動によって形成された主要部の束の形態的な表出プロセスに規則的な接辞付与が伴う場合に、SLI児が語の形態障害を顕著に示すことを示唆している。 本年度は、昨年度にトライアルを実施した授受表現の誘導産出課題(試案)を改良したのに加え、関係節を含む複文の統語理解課題と主語と目的語の位置が入れ替わるかきまぜ文の統語理解課題を作成した。前者は人形を使用する課題で、後者は線画を用いた課題である。これで、本研究の心理言語実験で使用する子どもの言語能力を測定する言語課題のうち、格助詞の誘導産出課題を除く3種の課題がほぼ完成したことになる。今後、トライアルを経て、それぞれの言語課題を順次、実施し、特異的言語障害児と健常児の言語データを収集する予定である。 最近の欧米でのSLI研究では、受動文や関係節を含む文など特定の種類の文の意味がわからないという統語理解障害に関する症例が報告されており、SLIが屈折などの言語の形態的な側面以外にも影響を与えていることがわかってきた。日本語においても関係節を含む文やかき混ぜ規則の適用を受けた文等の統語理解に障害があるのかを明らかにすることは、この障害の本質を明らかにする上で重要であると考えられる。
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