研究概要 |
特異的言語障害(specific language impaimment : SLI)とは、聴覚障害、知的障害や自閉症を伴わない発達性の言語障害をさす包括的な名称である。これまでの欧米での研究成果では、時制、相、一致、数、格などの文法形態素による屈折にその障害が選択的に現れることが報告されている。 本研究の目的は、日本語におけるこの障害の言語学的な特性を明らかにし、その特性を欧米での研究成果と比較しながら言語学的に考察することによって、SLIの文法障害の発生する脳内メカニズムを明らかにすることである。 これまでの成果で、日本語の複合動詞の形成過程において、SLI児は自他交替における形態変化(例:「まわる」「まわす」)にはあまり困難を示さないが、使役文や受動文における語形成(例:「走らせる」「叩かれる」)に顕著な障害を示すことがわかっている(Fukuda & Fukuda, 2001a, 2001b)。このような障害の非対称性は、統語的な主要部の移動が複数の事象範囲にまたがる場合や、移動によって形成された主要部の束の形態的な表出プロセスに規則的な接辞付与が伴う場合に、SLI児が語の形態障害を顕著に示すことを示唆している。 また、日本語話者のSLI児は文法格の発達に障害を示すという先行研究もある(石田,2003;大伴,2004)。これらの研究報告は、SLIが文法格の発達を阻害するというドイツ語や英語における研究報告とも一致する(Clahsen, 1991;Radfbrd, 2004)。 本研究においては、線画を併用した格助詞の誘導産出課題をSLI児と健常児を対象に実施し、その結果を詳細に比較分析した。対象児は、日本語を母語とする年齢が9歳7ヵ月から13歳3ヵ月のSLI児3名と、暦年齢がほぼ一致する健常児5名であった。その結果、次のことが明らかになった。(1)総合結果からSLI児は健常児よりも主格、対格、与格の3種の文法格の格付与の能力が劣る。(2)SLI児の格付与能力は、かき混ぜ文(非基本語順文)おいて著しく劣る。(3)SLI児の誤反応には、一定の特異なパターンがみられる。その誤用パターンは宣言的記憶に支えられた補助ストラテジーにおるものであると考えられる。
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