18世紀から19世紀後半に至るまでのドイツ語正書法の歴史を大きく概観することによって、正書法議論においては次のような「思想」的問題が複合的に関係していることが明らかとなった: 1)「上意下達の思想」、2)「言語文化の思想」、3)「経済の思想」、4)「宗教(的敬虔)の思想」、5)「愛国主義の思想」、6)「言語的整合性の思想」、7)「慣用性の思想」。目下のところは、これらの7項目に関して1700年から1775年までの時期について、とりわけHieronymus Freyer(1728)およびJohannes Christoph Gottsched(1749)の正書法に関する原理的発言を吟味することにより、詳細な分析を試みているところである。 1775年から1850年の期間については、この時期を代表する文法家アーデルングの主要な原著文典3点にあたり、特にいわゆる分離動詞の綴り方に関する規則をまとめ、あわせてこの文法家の規則と同時代の文筆家の綴り方の実態とが一致するか否かを調査した。すでに機械可読のコーパスが存在する文筆家の一名について仮調査したところ、1)両者は必ずしも一致するわけではないこと、2)しかし規則と実際の綴られ方の一致・不一致は、まったく任意に起こっているのではなく、特定の要因に基づいて書き分けが行われている可能性があること、の二つの成果を得た。次年度は、他の正書法規則、他の文筆家に関しても、既存のコーパスのみならず、阿部の作成したコーパス(現在作成中)をも用いた調査によらて、より広範な土台を得た上で今年度の仮調査結果を吟味・補完することを目標とする。
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